2025年3月22日を以って、3年間働き続けたアウトバックを卒業した。
私は4月から新社会人になる。そのため、2025年3月22日を以って、3年間働き続けたアウトバックを卒業した。卒業の日が近づくと、マネージャーから、「今日まで続けてくれてありがとう。」と感謝を述べられた。そして、「辛い時期が長かったと思うけど、どうして続けてくれたの?」と尋ねられた。
他人と話すことが得意なわけでも、要領がよいわけでも、臨機応変かつ冷静な対応ができるわけでもなかった私は、常に怯えており、周囲からも、「やめちゃうんじゃないかな?」と心配されていたようだった。
アルバイトを始めてから決めていたこと…それは、“とりあえず半年間は続けてみる”ということだった。新しい環境で慣れない仕事は、初めから楽しむ余裕などないことは分かっていた。だから辛くても、まずは半年間、投げ出さずに続けて、その後にやめるか否かを決めることにした。結果的に半年でアウトバックから去る選択をしたとしても、“半年間は頑張った”という事実が、自分の自信につながるのではないかと思っていた。
そして、9月に入ってから6ヶ月が経過する。ちょうど、どちらかを選択する節目の時期が来た。私はこの半年間を振り返ってみた。少しずつではあるものの、お客さまに褒めてもらえた経験や、自分でできることが増えてきて、やりがいを感じ始めていた。そんな中でも、「もう少しの間、頑張ってみるか!」と思えたのは、一緒に働く仲間の存在が何よりも大きかった。そんなエピソードをお伝えしたい。
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◆フォークケースひっくり返し事件
アウトバックに入って間もない日の21時半頃、私は裏で補充用のフォークを拭いていた。その日は22時までのシフトだったため、クローズ作業が少しでも減ればいいなと、必死に手を動かしていた。21時45分、補充用のフォークが入った3連結のシルバーケースを持って、補充用のケース置場まで来た。あとは目線くらいの高さの棚に、このケースを持ち上げ、決められた場所に置くだけ・・・。
“ガッシャーン!!!”自分でも何が起こったのか分からなかった。時間が止まったのかと思った。しかし、床に散らばった大量のフォークを見て、何が起きたのかすぐに理解した。私は頭の上部からサァーっと血が引いていくのを感じた。「やってしまった。」手足の力が抜けた。今にも涙がこぼれそうになり、動けなくなってしまった。(早く謝らなくちゃ……いや、それより拾わなきゃ。)パニック状態だった。
すると、「おぉ!派手にやったねぇ〜。」と言いながら、先輩たちが笑顔で(表現としては、ニヤニヤのほうが近い気もするが)やって来て、床に落ちたフォークを拾い集めてくれた。ようやく体が動きだした。
「ほんとにすみません!」と謝罪すると、「いいよ、いいよ。ほんと重いよね、このケース。」と、床に散らばったフォークをひとつひとつ拾いながら、共感し励ましてくれた。フォークを拾い終え、その大量のフォークケースをガッシャーと持っていった。そして、キッチンの人にも「洗い直しになってしまって、申し訳ございません!」と謝ると、「あはは!気にしなくていいよ〜。」と、笑いながら言ってくれた。
◆一緒に働きたいと思える人
記憶が正しければ、私がフォークのケースをひっくり返してしまった日は土曜日だった。土曜日は営業時間も長く、一週間の中でも特に忙しくなるため、みんなクタクタのはずだ。ところが、次の日のランチのために、より多くのシルバーを補充する必要があるにもかかわらず、ケース一段を丸ごとひっくり返した22時アップの新人のことを、きっとみんな「おい!何してるんだよ!」と怒鳴ったり、「はぁ〜。」と溜め息をついたりするだろう…そう思ったけれど、アウトバックのみんなは、表に出さなかった。そんな失敗を笑って許してくれる温かい人たちが、私の凍りついた心を溶かしてくれた。私はこの時、“一緒に働けて嬉しい”と感じてもらえる存在になりたい、と思った。
ところで、“一緒に働きたいと思ってもらえる人”とは、どういう人なのだろうか。頼れる人?バリバリ仕事ができる人?しかし、そもそも入ってすぐの新人に、そこまでの期待をしているだろうか?思考を巡らせても答えは分からなかったため、ひとまず“シルバー類をひっくり返さないようにする”、“持ち上げるのが無理そうなら誰かに助けを求める、”ということを心に強く刻むことにした。(※それ以来、補充用のシルバーケースをひっくり返さなかった。)
2年目、3年目に突入すると、私にもたくさんの後輩ができていた。経験だけで言えば、教育する側に属する。実際は、私は最高学年になっても、情けないことに、先輩らしいことは、ほとんどできていなかったように思う。それでも、後輩たちが、「一緒に働けて嬉しいです!」、「シフトで被る(または担当テーブルの割が)同じだと“よっしゃ!”って思います!」などの言葉をかけてくれた。嬉しいのはもちろんだが、その言葉をそっくりそのまま返したい。それに加え、「今日までアウトバックで続けてくれてありがとう。」と心から思う。思い返せば、ちょうど一年前の3月、先輩方が私に、「続けていてくれてありがとう。」と言ってくれていたのだった。当時は、「続けていたことで感謝されるなんて…!」と思っていたのだが、今だから分かる。仲間と一緒に働けるって、こんなにもありがたいことなのだと。
もちろん、途中でやめてしまった人たちにも、それぞれ事情があって、卒業まで働続けることが叶わなかった人だっている。だから、卒業まで働き続けられなかった人が悪いとか、そういう話では決してない。ただ、お世話になった仲間たちへの思いは、“辛いことや困難があっても、共に乗り越えてくれたこと”、“続けられる道を選んでくれたこと”、“頑張っている姿や、成長した姿を見せてくれたこと”、だったのかもしれない。「この先、続けられるだろうか?」と悩んだときには天秤にかけた。“辛いこと”と“嬉しいこと”。私が卒業までアウトバックで働いていたことは、つまり、辛いことや苦しいこと以上に、楽しいことや得られたこと、残りたい理由がアウトバックにあったからだと、改めて思った。
失敗してしまったとき、悩みごとがあるときに、アウトバックの仲間に相談すると、「実は、私も前に〇〇しちゃったことあります!」と共感してくれたり、「こういう時は〇〇するのがアリだと思うよ!」と話を聞いて、アイデアを出してくれたりした。誰かの話を他人事だと切り捨てず、同じ目線に立とうとしてくれる。一緒に何かを乗り越えようとしてくれる仲間たちに、私はどれほど救われただろうか。私はそんなアウトバックの人たちが大好きだ。
◆ OUTBACKの環境づくり
私は、ある席のエリアに苦手意識があった。そこは、他のテーブルに比べ大人数の団体が一気に入りやすく、注文数も多いため、地道に空いたお皿やグラスを下げないと、後々テーブルのセットアップが大変なことになる。また、こまめにテーブルを見に行かないと、いろんなテーブルのお客さまから呼ばれ、飲み物のおかわりを頼まれたりして、焦りやパニックを起こし、自分の首を絞めることになってしまう。何より、食事を楽しみたいお客さまにとって、不満に感じる原因になってしまう。
その日は、ほぼ満席状態でそのエリアを担当していた。そのエリアをクローズした21時半過ぎ、一緒に担当していた人から声をかけられた。 「お客さんと接することを怖がっているように見えるよ。」と。図星を突かれてしまった。彼は私にアドバイスしてくれた。
「自分はテーブルを見るときに、“間違い”探しをするようにしています。例えば、空いたグラスやプレートがあったら、それは“間違い”です。あとは、飲み物が少なくなっていたら“間違い”です。“間違い”を見つけたら、お客さんに、そのお皿、下げちゃっても大丈夫ですか?とか、お飲み物、何かお持ちしましょうか?って聞くだけです。そうやってお客さんとの接点を、自分から作りに行けば、忙しいときに呼ばれることも減ります!間違い探しゲームだと思えば、ちょっと楽しくないですか?自分のペースでできるし、お客さまからしても、このテーブル担当の人、めっちゃ来てくれる!って好印象をもってくれて、WIN-WINになるので、この方法はオススメですよ。」と。
このアドバイスをくれた人は、アウトバックに入った時期が私より少し早いが、学年はひとつ下の子だった。彼は、「自分目線になってしまってすみません!」と言っていたが、意見を伝えてくれたり、自分のやり方を共有してくれたりしたことが、私はとにかく嬉しかった。
アウトバックの素晴らしいところは何かと聞かれたとき、私が真っ先に思い浮かべるのは、学年や経験の差にかかわらず、誰もが意見を言いやすいところである。みんなが意見を言いやすいということは、一見すると、ごく普通のことのように思えるが、年齢や経験の壁を超えられる環境があるというのは、決して当たり前のことではない。風通しの良い職場の基盤は、きっと、マネージャーや歴代アウトバッカーたちが作り出してくれたものだ。しかし、その環境を守っていく、あるいは、もっとより良い場所にするには、どうしたらよいかと考えて構築していくのは、今の私たち自身だと思っている。物事や環境は、与えられるものとして受け身になっているばかりではなく、自分たちで作り出すものだと改めて感じた。
もちろん、マネージャーにもたくさん感謝したい。数えきれないほどの失敗をし、多大なるご迷惑をかけてしまったものの、見放さず信じ続けてくれた。「どうして〇〇しちゃったの?」とミスをしてしまった状況や原因を聞き、同じ失敗を繰り返さないために、成長につながる材料を教えてくれた。ある時は、「こうするといいよ。」と導き、またある時は、「うーん、どうしたらいいだろうね…」と一緒に考えてくれた。
一方で、お客さまからお褒めの言葉をもらったときには、笑顔で「よく頑張ったね!」「素晴らしい!」と、拍手して喜んでくれた。たとえ大きなことでなくても、グラスやお皿を綺麗に下げてくれる、サイドアイテムのマッシュポテトを、自分で気付いて上に置ける、といったほんのちょっとした成長でも、「お!」と言って褒めてくれる。マイナスもプラスも無視して流すのではなく、何かしら反応を示してくれたことが、「自分を見てくれているんだ!」と、頑張りや自信につながったのだと思う。
◆ 帰りたい場所
いつしか、アウトバックは“第2の家”のような場所になっていた。私は大学4年生の9月末に体調を崩して、10月のほとんどを療養で過ごすことになった。3週間ほどだったが、体力の回復や処方薬の副作用などの理由から、アウトバックで再び働けるようになるまで、約2ヶ月かかった。
久しぶりにシフトに入ると、「お帰り!」、「めっちゃ久しぶり!」、「よく戻ってきてくれた!」と、みんなが明るく元気に迎えてくれた。安心感と嬉しさで胸がいっぱいになった。「あぁ、戻って来れたんだなぁ。またここでみんなと働けるんだ!」と感じた。「ただいま。」と言える場所、また帰りたいと思える場所、そこがアウトバックなのだと思った。
実は、働き始めてから半年くらい前まで、アルバイトの前日に、悪い夢を見ることがよくあった。他の席にご挨拶にも、飲み物をお伺いに行けないくらい、ある客さまに呼ばれ続け、半泣き状態で働いている夢だ。目が覚めるとその夢を思い出し、「今日はバイトか…。」と憂鬱になることも少なくなかった。そして、これは今だから言えることなのだが、アルバイトを始めてから3ヶ月が経とうとした頃、私はストレスからか、人生で初めて、腕全体に蕁麻疹が現れた。そうなるまで誰にも言えず、学校や家族にも、「今のバイト、合ってないのかもしれない。」と相談していたことがあった。だけど、「あの時やめなくてよかった!」と、今は心から感じている。
アウトバックを卒業した2日後に夢を見た。卒業後、アウトバックに食べに来た私が、働くみんなの様子を見ながら、「また働きたいな。」、「よければ何か手伝うことありませんか?」と言って、楽しそうにしている夢だ。まだ卒業してから一週間くらいしか経っていないにもかかわらず、もう戻りたいと思っていることに、私自身もびっくりしている。このアウトバック舞浜店で働くことができて、本当に良かった。
まだまだ書き足りないことだらけだが、最後に、アウトバックで出会えたすべての人たちに感謝したい。ありがとう。
