半年間は舞浜店での研修、その後は、マネージャーとして幕張店での勤務をしている。
私がアウトバックに入社して、もうすぐ4年間が経とうとしている。半年間は舞浜店での研修、その後は、マネージャーとして幕張店での勤務をしている。軽い自己紹介にはなるが、アウトバックに入る前は、新卒入社した飲食の会社で、約9年間キッチンの業務のみをしてきた。今は閉店しているアウトバック六本木店の一つ上の階にあるお店で、料理長をしていたこともあった。思えば、昔からアウトバックには色々と縁があったのかもしれない。
東京オリンピックが終わり、コロナ禍が落ち着いてきた頃に、転職斡旋のエージェントの方から、たまたま紹介されたのがアウトバックだった。強く転職をしたいと思っていた訳ではないが、コロナ禍をきっかけに、働いていた会社が、原価や人員削減のために、メニューのQRコード化や、既存品を多用した低コストでのメニュー開発などを進めていたことに、疑問を感じていたところに出会ってしまったのだ。アウトバックに。
エージェントの人から話を聞き、悪い話ではなかったので「とりあえず話だけでも聞いてみたいです。」と採用面接を受けることにした。社長との一次面接の際に、お食事券を頂いたので、友人を誘って初めてのアウトバック幕張店へ行った。今でも鮮明に覚えているが、10月だったこともあり、ハロウィンの装飾がお店全体にしてあったことに、まず衝撃を受けた。
担当のサーバーの子(今では一緒に働いている)から、丁寧なメニューの説明を受け、オーダーは手書きで取っていて、料理は大きなトレーを持って運んで来てくれた。料理は“提供して終わり!”ではなく、お肉の焼き加減や料理の味は大丈夫だったか?などの確認もしてくれた。お店に入ってから全ての経験が、私にとって理想のイメージの“楽しい外食”であった。
この日、「この会社に入社したい!」とはっきり決意した。そんなこんなで、無事に入社することが出来て、最初の店舗が舞浜店。キッチンからスタートしたのだが、初日から衝撃を受ける。レシピが英語の表記。重さがグラムではなく、オンスやポンド。全部重いし、全部デカい!クルトンは食パンを切るところからスタート。話には聞いていたが、嘘偽りのない“全てが手作り”。9年間料理人をしていたので、正直キッチンは余裕かな、と思っていたが、初日からそんな思いはどこかへ行った。約3ヶ月キッチン、約3ヶ月ホールでの研修を終えて、ようやく2022年の7月から、幕張店でマネージャーとして働き始めることが出来た。今までホールでの業務をしたことがなかった新人のマネージャーなんて、当時のアウトバッカーには頼りない限りだったことだろう。今も頼りになるマネージャーかと言われたら、そうじゃないかも知れないが(笑)
当時の店長のMさん、マネージャーのKさん、現店長のRさん、もちろん研修時代の店長やマネージャーの方たち、一緒に働いているアウトバッカーの皆には、色々なことを教わり、ここまで成長出来ました。私に関わってくれたOur peopleの皆さまには本当に感謝しかありません。少し話はズレますが、生涯を共にしたいと思える妻にも出会うことが出来ました。私は本当に幸せ者だなと思う。アウトバッカーの皆にも、ここを辞める時には、「アウトバックで働いていて良かったな。幸せだったな!」と思って旅立って欲しい、という想いで今も働かせてもらっています。
一つ一つのエピソードを話していたら、アウトバック物語一冊分どころか、それ以上?になってしまうので、これくらいにしておきます。
